What you love, set it free. If it does not come back to you, it was never yours. If it come back to you, it was always yours.


by la-paz-paz-paz
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最悪の父親参観日

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「父の日」に娘が描いたんだって。よく似てて笑っちゃいましたよ。

今日は幼稚園の父親参観日でした。(母親参観日は平日なのに、父親参観日は
しっかり土曜日に設定しているのがズルイ。しかも、父親参観日のぶんは「代休」が
あるし!)

参観日とか、親が子供と一緒にいる行事ってので私はろくな思いをしたことがないので
今回もまあ、あんまり良いことにはならんだろうなあと思っていました。
娘はいつもと環境や手順が違うということを、極度に嫌う性格なのです。

親が一緒にいる状況だと、途端に集団の規律を総無視し始めます。
先生が何を促そうとも、ムッツリして、ボイコットに走るのです。

私はあるときからそんな娘に「模範的な子供」を強制することをやめました。
娘は娘で、何か考えがあってやってることだろうと思い…。

毎回毎回、「あ~頭痛い…」と思いながら、
娘の好きにさせていました。

今日は父親参観だということで、私は幼稚園には行かなかったのですが
案の定、途中で夫から「至急TELくれ」と携帯にメールが入りました。

慌てて電話をすると、
「かえがママ、ママ、って泣いちゃって、何も参加しない」と焦った声。
後ろから娘の大泣きする声。先生がなだめすかす声。

夫は今日の父親参観日をとても楽しみにしていたので
ゲッソリとやつれて帰ってきました。娘もぐったりしていました。

「普段は全然こんなことないって先生は言うんだけど…」と夫。

夫はかえの「ボイコット」の現場が初めてだったので、
結構ショックを受けてしまったようでした。

私は行事があるたびに遭遇してきたので、
もうどこかで開き直ってしまいましたが…。

ここで「何でパパとママがいると、パニくるのか」と説教たれたところで
どうにもならないだろうし。

世の中にはいろんな人間がいるんだなあ~と、
達観するしかないんだろうね~。

後ろにいる母親から後で何を言われるか分からなくて
必死に「普通」を繕っていた幼い頃の私なんかに較べれば
非常に素直で健全な感じがするんだよね(笑

だからまあ、
自分の気持ちを素直に表現してるんだから
いいんじゃない?
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-26 18:12 | 子育ち

出産日ほぼ決定しました

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36週検診に行って参りました。今週から週1の検診になります。

仕事休んで安静の毎日を送ってたったの数日だったわけですが、
なんと妊娠中毒症の症状が相当改善していたみたいです!!
やっぱ出勤が相当身体的・精神的ストレスになっていたんだわな~。

で、今日…半年ぶりぐらいに内診したんですが…(あ~もうイヤだった…)

もう子宮口が開いてきているそーなので
来週か再来週の出産にしましょうとのことでした。

で、来週は担当教授先生さまが厚生大臣に呼ばれているので外来ができないとのことで
やっぱ38週がベストタイミングなんじゃないの~?って感じで(笑
まあ37週にやばそうな気配があれば、来週出産にしましょうとのこと。
どうなるかな…。

担当教授先生さまの読みどおり、38週の出産になれば
ベビーのお誕生日は7月7日の七夕の日になります♪

私が6月6日生まれなので、なんか嬉しいような…。

娘も予定日は12月12日だったんだけどね…。
計画分娩で一週間早く出してしまったので、誕生日は12月5日。

結局、お腹の人の性別はよく分からないままだったのですが
私は勝手に男の子だと確信しているので、
七夕生まれの彼は、「星太」(せいた)というお名前になる予定です。

38週以前に陣痛がきた場合…
どうなるんだろうか。
考えたくない…。陣痛119番も断られまくって、結局どこも登録できてないし。

とにかく最長でも妊婦生活はあと二週間!
ゴールが見えてきたー!
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-22 21:21 | たまご記

人生の夏休み到来!

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妊娠中毒症の治療は、一に安静・二に減塩食!が大原則なわけで
さすがに中毒症の疑いがこれだけ濃厚なのに仕事してんのも限界!ってなわけで。

派遣会社の社長さんが菓子折り持って会社にお願いしてくれて、
来週から正々堂々と産休!ってな感じになりましたー♪♪
(一応「在宅対応」ということになってるけど)

会社側としては「前向きに元気に働いていてくれてたんで…」って感じで
特に私の身体状況は気にしてなかったみたいです…。
これが私がいつも体を壊す原因というか…

他人は私が思っているほど、私の体のしんどさに気づいてない!
心のなかで「勘弁してけろよ~」と泣いていても、表面的には溌剌と
物事をこなしているように見える。
で、限界地点になってぶっ倒れて、周りに大迷惑。これいつも。

このパターンはいい加減変えなくちゃいけないなあと思います。
特に産後は…。(妊娠中よりもむしろ産後のほうが体に異変が多く
現れるのは第一子で味わったのでね…)

来週から病院に行く日以外はなるべく娘をバスで帰らせて
娘とのラブラブ生活ラスト二週間!堪能したいと思います♪

産休がこんなに嬉しいなんて思わなかったぞー。
正々堂々とゴロゴロできる、人生のなかでもそう滅多にない時期。

よく考えれば大学院でうつ病発症してからも、
全く休養取らずに仕事始めて、仕事しながらうつ病治したわけで。
何もしないでゴロゴロするなんて、いつ以来かしらって感じで。

体はしんどいけどラストスパート!頑張ります。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-19 12:05 | 労働

近づいてきた

妊娠中毒症の症状が少しずつ出てまいりました。(思ったとおり)

血圧が上がれば、37週を待たずに産ませるそうです。
浮腫が相当辛そうなので、37週(6月29日)の出産も検討しましょうとのこと。
どうなるかは最後までわかりません…が、

こんな状況でも見て見ぬフリで働かせるうちの職場に切れそーで(笑
月曜も火曜も浮腫があまりに辛くて会社休んでたのに
みんな見て見ぬフリだし。

もうなんか段々、クビにしてくれていいわって気分になってきたというか。
仕事したって、保育料でほとんど取られちゃうしな~。

こういうこと考えるのも体がしんどいからか…。

とりあえず派遣会社に連絡して、在宅勤務にシフトしたいと言っておいた。

あと、娘が六月に入ってからかなり疲れ気味。
六月って本当にイヤなのだ…。休日がないうえに、気候が不安定で
娘は毎年必ず何か病気をもらってくる。

会社休んでる日は、バスで14時に帰宅させて、ゆっくりさせている。
出産直前に病気をされたら、気になって出産どころじゃなくなるので
来週はなるべく延長保育を使わず、バス帰宅させようと思う。

第二子の出産のスゴイところは、

出てくる子供のことよりも、今いる子供のことのほうがずっと気になる。

出てくる子供とは、まだこの世で交流を深めていないわけだが
娘と私には3年半の歳月に築き上げた信頼関係がある。

自分のお腹で育ててアソコ(笑)から出てきたなら
無条件でイトオシイ存在なのだろうと若かりし私は勘違いしていたが
私は娘が可愛いと思うまで、2年も3年もかかってしまった。
だからこそ、娘と築き上げた3年間の信頼関係はものすごく大切!なのだ。

本当は出産のために5日間も入院したくないんだよな~。
娘の顔が見たくて切なくなりそうだ…。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-16 22:29 | たまご記

う~ん

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ゆかたデビューです。かわいいです。ショートヘアが似合います。

今日はやっとこさ下の子のモノをいろいろと揃えました…。
二人目はどうしてもいろいろと億劫になって後回しにしがち。
入院の準備も全くしてませんがな。

ところで35週に入り、妊娠中毒症の症状がまたひどく出てきました。
火曜日の検診でまた医師にいろいろ聞いてこようと思いますが
やはり臨月近くなって身体に負担がかかりつつあります。

ゴールは近いんだけど、こっからがキツイんだ。

仕事ももうそろそろ限界かな…。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-12 23:13 | 試練

学問と私

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夫と私には、ずっと住んでみたい場所がありました。
結婚前から新居の候補として話が出たことがあったのだけれど、
都心から離れているイメージがあったのと、東京育ちの私たちには
土地勘等も全くなかった場所だったので、やはり踏み出すことはできませんでした。

三年後の引越しを射程に入れたときに、
やはりその町に住みたい、ということで夫と私はすんなり合意に至りました。

私は母に支配され続け、
自分でモノを決定するのはおろか、考えることすらも恐怖を覚え続けてきましたが
唯一、母から自由な思考でやれたという意味で、
社会学という学問を七年間続けられたこと、本当に幸せでした。

そもそも私が大学院を受験したのは、「学問がやりたい」なんていう
殊勝な動機からではありませんでした。

就職活動を目の前にした大学三年生の後期、
私は母親から「マスコミに就職しろ」と執拗に言われていました。
「あなたはモノを書く力があるから、ロイターか朝日新聞か共同通信か…」と
毎日毎日たたみかけるように言われ、私は頭がおかしくなりそうでした。

私、何でもかんでも「マスコミ就職マンセー」いうてる同級生を見ると
当時から反吐が出そうだったんですよ(笑
少しはモノ考えて生きてるんかな?とか思っちゃって。

で、出身大学のK大学の大学院入試がたまたま1週間後に迫っていたと。
母親のマスコミ就職に反発して、ヤケッパチで受験したら合格しちゃったと。

そういうすっげー動機だったわけ。動機って言わないね、これは。(苦笑

まあそれでK大学大学院にいったん入学したはいいんだけど、
母親の怒りはそれはそれはすごかったです。
そして、「国立大学に行くなら許してやる」「お兄ちゃんの卒業したH橋ならいい」
「兄妹でH橋に行かせていたら自慢になる」と言われ、
そこまで言うならやってやろうじゃねえかと思い、一年遅れてH橋の大学院に入学。
あれだけ怒っていた母親はそれはそれは喜んで、大学院の入学式にまでついてきて(笑

でもこれは自分の人生にとってかなりプラスとなりました。
著名な社会学者が揃うH橋での七年間は今思っても素晴らしい学びの場であったし
何よりも、自分でまかなえる程度の国立大学の授業料は、経済的に親の世話に
ならなくて良かったため、何をやっても自由な気持ちで出来ました。

いや、そんなことよりも何よりも、
社会学という学問は、母親とは違うモノの見方を私に教えてくれ
母親に支配されてきた私の鬱憤を、言葉にすることを教えてくれました。

誰に強制されるわけでもなく、
私が選び、私が続けたこと、それが学問でした。

こうして母との関係と辟易としたとき初めて、
学問のなかに見出した「自由」を思い出して、幸せになることがあります。

私と夫が将来の居住先として選んだのは、
「学問の町」でした。

私はやはり、母の呪縛から自分を解き放ってくれた学問を
捨てることはできません。

そして今度は子供たちの教育環境も考えていかなければならないのですが
私は母からの呪縛、夫は義父からの呪縛によって
近頃完全に子供に対する期待のかけ方がおかしな方向にいっていました。
「学問の町」に引っ越そうと決めたのは、そういう自分たちの捻じ曲がりに
自覚的になったからです。

その話はまた次回。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-09 18:49 | 日々の糧

誕生日に決意

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なんか最悪の気分の毎日を過ごしていましたが、
夫と娘が33歳の誕生日をお祝いしてくれました。

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娘は朝起きるなり、「ママ、お誕生日おめでとう」
そしてボソッと、「ケーキはチョコレートケーキにしましょうか」ですって…。

おまえの誕生日じゃねーっつの!
(しかし娘がごねるので結局チョコレートケーキになっちゃいましたよ)

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なんの夢見てんの。

33歳の誕生日、歳とったなあと思う反面、
私はもういい大人なんだなとつくづく。

今の家に二世帯はじめてから良く分かったんですよ。
親は私が何かを決断して自分たちから離れていくのを極度に恐れている。
そのために、私の希望が自分たちの意向にそぐわなかった場合に
「あなたのこと思って」という言葉を添えて、あれやこれやと脅してくる。

そんな決断は絶対にうまくいかない、お母さんはあなたに幸せになって欲しいの、
と言われ続ける私は、かくして自分が何かを決断することにものすごい恐怖感と
罪悪感をおぼえるようになってしまいました。

この呪いって正直スゴイのよ。

頭では「これは親の脅しだ」「自分で決めたって何も怖いことはない」
「私の人生だ」と思っていても、「うまくいくはずがない」と心のどこかで思ってしまう。
そして結局、親の承認を求めてしまうわけ。

以前住んでいた公団住宅は、親の承認を得ないで購入した家でした。
結婚して家を出て、私は「やっと親から自由になれる。もう自分で全てを決断できる」
と嬉しくて嬉しくて、親に一言の相談もナシに夫と二人で購入を決めました。

それに対して、母は「なぜ経験者である自分の意見を聞いてくれなかったのか」と
夫に対して小一時間怒りをぶつけてき、夫は自分の実家にも私の実家にも
責め立てられ、相当疲れたみたいでした…。(今思うと夫の親も私の親も、
子供に対するコントロールの仕方は全く同じだった)

そして、「私に相談しないで買った家なんかに住んで、あなたたちは必ず
うまくいかなくなる」というメッセージを繰り返し繰り返し叩きつけてきたのでした。

最初は自由な決断を誇りに思っていた私も、しだいしだいに母親の負のメッセージが
恐怖と罪悪感を伴って日々の生活をかき乱すようになりました。

そしてそれが決定的になったのが夫婦でうつ病になったとき。

母は「だから言ったでしょう。あの家が悪いのよ。最初見たときから
お母さんはあの家は方角が悪いって感じがしてたのよ。」と連呼。
キリスト教信者になっていても、「方角」とかそういう古来からの日本の
非科学的信仰は日本で育った私たちにはものすごく応えました。

私はあのとき、母親の言うことを聞かなかったからこんなことになったんだと
いつもどおりの罪悪感にさいなまれたのでした。

そして母は、「今すぐ方角を変えたほうがいい。負の気の流れを変えたほうがいい。
うちに同居しないか。かえちゃんのためにも絶対にそれがいいから。」と
繰り返し言ってきたわけです。

ま、同居したこと自体は悪いことばかりではなかったので
それ自体を悪く書くつもりはありません。

でも同居してから不思議なことに気づきました。

私が少しでもマンションのチラシなどを見たり、「ここって住んでみたいよね」
などと夫と話していたりすると、母は少ない自分の知識を引っ張り出し
その土地に関するありとあらゆるネガティブなことを言ってくるのです。

私たちを手元においておきたいがためのお決まりの脅しであることは
うつ病にかかってさんざ自分と格闘してきた私にはすぐに分かります。

そして少しでも自分にとって都合が悪いことがあると
「ああもう、お母さんもうつ病になりそう!こんなにあなたたちのこと思ってるのに!」
といって脅してくるのです。これは私に罪悪感を感じさせるのに最も効果的な言葉。
ま、こういうこと自分で言っているヤツは、絶対うつ病になんかならないけどね(笑
あなた、うつ病の怖さが本当に分かってるのかよと言いたい(苦笑

さて、問題はね、

自分はここまで彼女の脅しについて冷静に考えられているというのに
自分で何かを決断したら、きっと不幸になるんだという考えが
根強く身体化されてしまっているところなんですよ。

身体化ってのはこんなに厄介なものとは思いませんでしたよ。
頭で分かっているのに、身体が恐怖を覚えこんでしまっているものだから
理性とは全然違う反応が出てしまうわけで。

33歳、いい大人になりましたけど
いつになったらこの呪縛から解き放たれるかなあと…。
一生無理かも?

今夫と、数年後についての計画を練っている最中なんですが
それも私たち二人とも、親の呪縛との戦いです。
夫は絶縁しているぶん、かなり楽そうですが…。

私の人生は私のものだ!なんて自信持って言える日は
一体いつくるのだろうなあと悲しくなりますが
その第一歩として、夫と私が決断した選択肢のなかで
幸せになっていくことが重要なんだと思います。

数年後には引っ越す!絶対。
誕生日の決意です。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-06 22:24 | 試練

大爆発

妊娠後期になってから精神的に良くない状態がずっと続いているんだが
昨晩ついに、久しぶりの大爆発をした。躁鬱病の疑いをかけられていたとき以来。

週に一回だかなんだか、母親の友達が家に麻雀をしにやってくるのだが
母親が彼女らがくるたんびに毎回毎回、

「彼女たちの娘さんたち、J学院からH橋大学行ったのよ~。そのうち一人は
シャネルに勤めていて、もう一人はFRAUの編集者なんですって!!!」
という長話が始まる。

そのたびに毎度毎度不快な顔をあらわにして
「興味ないからやめてくれる?」と言っているのだが、一週間後には同じセリフを
聞かされる。

最近は不快さを顔に出すのも面倒くさくなって、
返事をしないでさっさとスルーしていた。

ところが昨日、母親がこう言った。
「moviちゃんはH橋出たあと何してるの?って聞かれちゃって…。
病気になって中退して、今は派遣なんかで働いている身だから、
とっても可哀想だからそういう質問はしないであげて?って言ったのよ」と。

H橋出たくせに病気で中退して、派遣くんだりで働いていて
とっても可哀想だから質問するなと。

ここで私のなかで今まで蓄積していたものがドカーンと大爆発したわけだ。

もう、罵声・号泣・暴力の三レンチャンと久しぶりにでてしまった。
もう耐え難い。

私はいつまで「可哀想」な枠の中におさめられなければならないんだ!!!
自分なりに中退してから病気も治し、第二子も身ごもり今こうして出産を目の前にし
仕事も翻訳業というそれなりに納得できる専門職を見つけて頑張ったつもりだ。

大暴れする私に対して、
父親は「お母さんはいつもおまえのことを心配してくれてるんだ!」
「親の無償の愛を分かっているのか」ときたもんだ。
これに腹がたって、ますます私は声を荒げた。

「心配している」という言葉、これは本当に腹がたつ。
何もいえなくなるのだ。だけど、なんで心配されなければならないんだろう!

「無償の愛」とかいう言葉も腹がたつ。
そんなものを使えるのは、神様だけだと思っている。
だから私は、キリスト教信者になって救われたのだ。
親の愛は「無償の愛」なんかじゃない!!

私がイヤだということ、傷つくこと、
全てが「心配してやっているのに!」という言葉で片付けられるこの悔しさ。

私は可哀想なんかじゃないのに!

もうこんな生活はこりごりだ!!!
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-05 09:31 | 試練

陣痛119番

先日、産科の先生と夫と、計画出産日について少し話をしました。

出産が近くなってきて改めて、産院が家から遠いことが不安材料となっています。
距離的にはそれほど遠いというわけではないのですが、
病院に行くには「国道16号」という大渋滞道路を必ず経由しなければならず、
ここの渋滞にひっかかると病院まで2時間はかかってしまいます(!)。

まず恐ろしいのが、経産婦はお産の進みが非常に早いということ。
私は娘の出産のときにもお産の進みがかなり早く
前日の子宮口を開く処置でいい陣痛がきてしまい、
他の妊婦さんたちを追い越してあっという間に6cmまで開いてしまいました。
(だから麻酔分娩といっても、6cmまでしっかり陣痛を体験しました。
あんまり痛くなかったけど…笑)

夫としては37週を迎える6月30日に計画出産をして欲しいとのことですが
先生の見解だと正期産に入ってすぐの37週は一般的には早いとのこと。
とにかく子宮口の様子と赤ちゃんの下がり具合を見て判断しないと
却って難産になるので、今の段階じゃあ何とも言えないとのことでした。

で、万が一家で産気づいた場合にどうすっかな~と思っていたわけですが
タクシーって陣痛とか破水の妊婦は乗車拒否するんだそうです!!
(まあ破水の場合はいろいろ処置が必要なので分かるんですが…)

これじゃあ日中に突然陣痛が来た場合に移動手段がナイ!

そう思ってアタフタといろいろ調べていたら、「陣痛119番」というのがあるそうで!
うちの近くのタクシー会社だと3社しかやっていないようですが
登録しておけば、急な陣痛時に病院まで運んでくれるそうです。
(ただし、破水した場合は途中で救急車に乗り換えることが条件)

ともあれ、なんとか計画分娩がうまくいけばいいんですけどね。
家で陣痛ってのだけは避けたい。

娘のときは37週で子宮口が既に2cm開いていましたが
今回もそれぐらいのペースだと助かるなあ。
38週には出産したいところです。。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-03 21:39 | たまご記

最近頭が痛いこと。

最近とても頭が痛いことに、
GW明けから娘の「登園拒否」が加速しています。

まあ保育園も3年間のうち泣かないで通ったのは最後の半年だけ…みたいな子でしたが
毎朝毎朝、「今日は幼稚園行かない」「ママと一緒におうちにいる」と言われ
夫は早々会社に行ってしまうので、大きいお腹でバス停までひきずって…というのが
本当に苦痛で…。朝が来ると気が滅入ってしまいます。

今日は本当に大爆発という感じで
靴も靴下も履かず、号泣して大暴れ。

みかねた私の母が、「今日は私が家で見ていてあげるから」と言ってくれたのですが
「今日休んでもいいから、明日は幼稚園行くね?」と聞くと、「イヤだ」と言う。
結局、ご近所じゅうに響き渡る大騒動を繰り広げた末、バスが来てしまったので
先生が裸足で暴れまくる娘を羽交い絞めにしてバスに乗せ、連れていきました。

何でイヤなのかと話を聞くと、「お友達がイヤ」だと。
確かに娘、クラスのお友達の名前をほとんど覚えていないんです。
連絡帳を読んでみたら、別のクラスのお友達とばかり遊んで、朝の会も戻ってこない。
戻っておいでと言うと泣いてしまうので、放っているそうな…。

私が娘の姿を幼稚園で見るのは迎えのときだけなので
延長保育の教室では、保育園時代のお友達と群れてものすごく楽しそうなんですが
クラスのほうは馴染めていないのかなあ。。

でもねえ、
人間社会で生きている以上、ここで「じゃあ行かなくていいよ。」と
優しく言ってあげるわけにもいかないんだよなあ…。

私も娘を3ヶ月から集団保育に入れているという罪悪感がずーっとあって
どうも娘が「行きたくない」とかいうと、やたらめったら心配してしまう癖が抜けず
娘は娘でそういう動揺している私につけこむ(言い方悪いけど)ところがちょっとあり
うまくいかないんだよなあ。

あと、自分が集団生活が苦手なほうだったので
自分の娘もうまくいかないタイプなんだろう、と決め付けている自分もいて、
そういうのが娘に微妙に読まれている感じがするのだ。

ああ、子育てって難しい…。

いつになったら娘が楽しく幼稚園に通うかなあ。
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by la-paz-paz-paz | 2010-06-01 15:26 | 子育ち