What you love, set it free. If it does not come back to you, it was never yours. If it come back to you, it was always yours.


by la-paz-paz-paz
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2012年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧

日進月歩

先日、Yハ音楽教室のピアノ展示会で娘がピアノを演奏させて頂けることになり、家族で出向いた。娘のピアノの演奏がとても良かったのは言うまでもなく(笑)、さらに展示されている最近の電子ピアノには感動させられた。娘には私が4歳の頃から使用していたアップライトピアノを使わせているが、とにかくアップライトは重量が半端ない!(恐らく250キロ近いかと)引っ越して、マンションに設置する場合、専門の業者さんに移送、吊り上げをお願いしなければならず、さらにマンションでは必ず騒音の問題に発展するのでサイレント加工が望ましく、さらにうちのピアノは20余年調律をしていないので大規模な調律(恐らく弦の張替えが必要なレベル)も必要。…これにかかる費用を総合すると、そこまでしてこのアップライトピアノに拘る必要があるのかと分からなくなってきた。

私にとっての電子ピアノのイメージとは、「エレクトーンの延長」「鍵盤はただのボタン」「強弱が全くつけられない」「鍵盤が異様に軽い」という感じで、要はあんなもんはピアノではないと思っていた(苦笑。良くないね、こういう偏見は。親世代の偏見をそのまま引きずっている実感がある。時代は何もかも日新月歩。「本物志向」でバカ高いお金を出して、それに人生そのものを縛られる生き方は自分たち世代には合わない。

特にハイブリッドピアノってヤツがすごい。鍵盤のタッチはアコースティックピアノそのもの、音は電子(ただしグランドピアノの音を忠実に再現)。もうほとんど普通のピアノと変わらん!というか、20年調律していない我が家のピアノよりもずっといい音が出る。これでお値段40万ちょい。電子ピアノなので調律も不要。さらに、大きさもアップライトの2分の1ほど(100キロちょっと)。

私たちの子供時代というのは、親世代の「本物を大枚はたいて購入して世代を超えて使う」的な考え方に縛られていることが多かった。モノに合わせて生活スタイルを考え、モノを大切に使うことを前提に多少の不便は我慢することが奨励された。

「賃貸よりも持ち家」志向もまさしくこの考え方の延長。けれども、住宅ローンに30余年を拘束されるということがどういうことか、私たち世代はそろそろ気づき始めているのではないか。賃貸という選択肢は実は非常に合理的なのだ。家族の成長に従って、生活スタイルというのはどんどん変わっていく。それに伴い、住環境も気軽に変えていける生活のほうが、ずっと良い。箱やモノに合わせて生活を変えるのではなく、生活に合わせて箱もモノも変えるのだ。

昨日はtwitterでランドセルについて話題になったが(笑、私は親が「本物志向」だったため、本革の高級ランドセルを持たされた。「ビニール加工の安物を持っているそのあたりの小学生とは格が違う」とさんざ母に吹き込まれた。ところが本革のランドセルは、ビニール加工と違ってシワシワの革がむき出しになっており、1年足らずで見た目がボロボロになってしまう。ピカピカと光沢のあるビニール加工のランドセルを横目に、私は1年生で既に「ボロボロのランドセル」である。これが小学生たちの格好のからかいの対象となり、私は家に帰って毎日赤いサインペンで本革のシワシワを塗りつぶした。ところが、これが原因でランドセルはまだら模様になり、ますます激しくからかわれた。このランドセルを持つことがいかに苦痛だったか、今でも生々しく思い出せる。母に相談しても、「最高級品の本革なんだ。」というお返事しか返ってこず(笑

来年は娘もいよいよランドセルを持つが、「水色が良い」とか「ジュエルペットのが良い」とか言う。私は水色は洋服と合わせるのが難しいし、ジュエルペットのは高学年になってからどうなのかね、と思っていたのだが、夫は「別に6年間同じの使うって考えなきゃいいじゃん。イヤになったら買い換えれば?」とあっさり。そういわれて、「あ、そうか」という感じ(笑。そうそう、それでいいのだ。高いモノを後生大事に使おうなんて思わなくていいのだ。

私の家にあるアップライトピアノも、きっと当時の一般家庭が買うのは大変だったのだろう。世代を超えて使って欲しいと思うのはしごく当然。でも、それに縛られた家探しをするのは本末転倒であることに気づく。

技術は日進月歩。たかだか40万の電子ピアノが、「本物」のピアノよりもはるかに良い音を出してしまうのだ。こうなると、「本物」って一体何をもって「本物」というかだよねってハナシになってくる。

「本物」という概念自体がもはや良く分からない。そうであれば、そのときの生活スタイルに合わせて、柔軟にモノを選び買い替えていけば良いのではないか。40万の電子ピアノは、娘の子供にまでは引き継げないかもしれないが、娘が20歳ぐらいまで使うことができれば十分元は取るだろう。そういう気軽な生活スタイルで、いいんじゃないか。
[PR]
by la-paz-paz-paz | 2012-03-14 12:42 | 日々の糧

とりあえずの道筋など

またまた久しぶりの更新。でもまあツイッター等で近況は少しは知れているかなと。ツイッターとフェースブックもあまりの多忙にいじるのが煩わしくなり、先月終わりぐらいから放置っぷりが半端ないわけですが、余裕が出たらそのうち戻ると思います。年度末・年度始は仕事も育児も忙しいですね。両方かけもちでやっているわけですから、単純計算すれば4倍の忙しさになるということですね。もう先週はゾンビみたいになっていました。

しばらく研究者に戻るタイミングをはかっていましたが、私も一度研究の道にいたので、いろいろと現実が分かっているぶん慎重になったように思います。以前のように、ノリと勢いだけで飛び込むほど若くないのね。恥ずかしいセリフを許してもらうのであれば、日本の大学の博士課程であれば、割とどこでも軽く合格できそうな気はしていたし、入ってからもどういう手順で博士取って、どういう手順で金稼ぐか、どういう奨学金に応募するか、果てはどういう研究が金取りやすくて、どういう研究が就職に強いかまで、怖いほど見えてました。「金にならなくても、就職なくても、好きなことをやり続ける研究者でいたい」なんて若いこと言えるほどの気概が欲しかったですが、一度研究の道にいて挫折した身は、こういう意味でものすごく「賢く」ふるまうようになります。

で、私は家族もあるし、「好きなことやり続けて、確実に食っていく」ほど研究なんて甘くないってよーく分かっています。喰える研究をするには、「流行」かつ「日常に不可欠な分野」が一番手っ取り早い。さらに、企業まで巻き込む研究をすれば、研究費には困りません。そういう研究について、一つ案がありました。それで博士課程に入れば、少なくとも「喰っていける」自信がありました。

で、それを来年からやってみようかどうしようか迷いに迷っていたわけです。

結果として、迷いましたが来年それをスタートさせることは辞めました。

自分が好きではない研究をやるのがイヤだから…という理由ではありません。何度も言うけれども、そこまで若くないです(笑。情熱に身を焦がすような研究だって、金が入らなければやがては情熱すらも疑いたくなってきてしまうほど苦しくなるということがよーく分かったからです。

理由はもっとポジティブなもので、単純に私がやっと獲得した「職歴」が、次でどう評価されるのか知りたくなってきたのです。しかも転居先は、最先端技術の研究所ひしめくあの場所。技術翻訳者としての自分を試すのに最適すぎるほどの場所。大学院と違って、転職は年齢による制限がかなり早くからかかってきてしまうので、ここでステップアップせずにどうする、と。

今の職場は技術翻訳者がいないと全く仕事がなりたたないくせに、「技術翻訳者募集」と募集広告をかけても人が全くこないため、「英文作成事務募集」「TOEIC650点以上程度の英語力で可」という恐ろしい募集の仕方をしていました。それでも私が勤める前は六ヶ月も翻訳者がおらず、まさにスタッフは頭をかかえる苦境だったとか。

仕事についてびっくりというか、「騙された」感すらありました。TOEIC650以上って、この仕事はTOEIC990の人でもろくに出来ないんじゃないだろうか!!というとんでもない業務内容だったのです。要するに、専門技術翻訳(論文・図面・仕様書・特許等)を次から次にやらされるという恐ろしい仕事内容。入った初日に「バリ取り」をバリ島の「バリ」と勘違いして、取引先の方にエライ馬鹿にされたという記憶があります。とにかく、そんな恐ろしい職場だったわけです。

でも私は負けるわけにいかず。大学院中退して、夫は家でうつ病で寝ていてお金もなく、とにかくここで負けるわけにはいかんと思ったわけですよ。四年間、毎日毎日が勉強でしたね。仕事に関連することは、専門外であろうとなんだろうと、あいている時間にガツガツ勉強しました。お陰で、今は職場の人たちが持ってくる専門的な文書も、ちょっと説明を聞けばサクッと翻訳できるようになりました。

自分で言うのもなんだけど、本当に頑張ったと思います。子供がいて残業もできませんでしたが、どんなに難しい仕事も、期限に間に合わなかったことはただの一度もありませんでした。仕事場には、私が辞めるとなると泣きそうになる人たちが沢山思い浮かびます(笑

今の職場にきて四年、「私って意外とデキルヤツかも!」と初めて自分で自分を褒めてあげられるようになったのです。自己評価が低かった私にとって、これは画期的なことだったんです。だからこそ、その自分で新しい場所で勝負してみたいという気持ちがある。

…長ったらしくなりましたが、そういうわけで、来年は転職活動に燃えることにしました。
ご報告まで。
[PR]
by la-paz-paz-paz | 2012-03-07 14:17 | 日々の糧