What you love, set it free. If it does not come back to you, it was never yours. If it come back to you, it was always yours.


by la-paz-paz-paz
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娘は逞しい

娘が通う幼児教室が最も力を入れているのが、夏に行なわれる「サマースクール」です。大自然のなかで「ちょっとぐらいの怪我は生きる肥やし」という感覚で、「命がけで遊びつくす」という、都会っ子にはない経験をさせるのだそうです。ここの幼児教室に入れたなら、このサマースクールは一度は体験させねば~と意気込む親御さんが多く、申込みしたら大体抽選になります。

そして娘、当たりました!!

慎重で、危ない遊びなどは一切避けて生きてきた子ですが、鍛えられて帰ってくるかな。大丈夫かな。(心配)

娘の素晴らしいところは、「お友達なんていなくても楽しいことには何でも参加したい!」というところでしょうか。ほんっと生まれつき、自立心が強い子なんですよね。

今回のサマースクールは、つくば、埼玉、横浜、東京など関東圏から、抽選に勝ち残った子どもたちが参加するもので知らない子たちと一泊します。

昨年はスポーツクラブが主催するサマーキャンプに参加させましたが, 参加する前には、同じ幼稚園のお母さんたち同士が「参加する?」「どうする?」「おたくが参加するならうちも…」というネチネチネチネチとしたやり取りがあり、お友達全員で参加しました。

冬のスキーキャンプでも同じやり取り。
「参加する?」「どうする?」「みんなが参加するなら…」というネチネチネチネチとしたやり取りが繰り返され
「今回はみんなが見送るようなので、うちもやめます」というメールが流れ…。

ええと…。

あんたらには「みんながどうするか」という判断基準がなんでそんなに重要なんじゃ!!!と怒鳴りたい気持ちでいっぱいでしたが…

子どもたちも、こういうお母さんたちの価値観に影響を受けているのか、大抵は「○○ちゃんが行くなら行く…」
「○○ちゃんが行かないなら行かない…」と言うんですね。

うちの娘のスゴイところは、こういう基準から完全ふりー。今回も、「多分知らない子ばっかりだけど、本当に行くの?」と聞いたところ、「行く行く!お友達いなくても大丈夫!」とのこと。

お友達と一緒じゃなきゃ怖いから…と、集団お受験に傾く周囲を見ても、娘は全然動じることがないです。「小学校は遠くに行くから、幼稚園のお友達とか誰もいないよ」と伝えたところ、「私、お友達作るの得意だから、全然平気」と全く動じていません。

娘は新しい環境に行くのが大好きなのです。
「誰かと一緒じゃないと怖い」なんて思わないのです。

本当に逞しい!!

つくばの小学校にあがっても、すぐに馴染むでしょう。

そして必ず、海外に連れていきます!!絶対ね!!
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# by la-paz-paz-paz | 2012-05-24 15:05 | 子育ち
本日母の日ということで、娘からはマニキュアを三つほどもらった。夫が娘に「母の日に、ママに何あげる?」と風呂で聞いたところ、「マニキュアあげる」と言ったそう。そういえば数日前に娘に、「ママはマニキュア一つしか持ってないんだよね~」と話したような記憶がある。「私がもらって嬉しい」ものを娘にもらったのが初めてだったので(いつも「自分が欲しいもの」を私にくれていた)、成長を感じるとともに、娘に対する愛おしさが増した素晴らしい母の日であった。

で、良かったんだが悪かったんだかよく分からないのだが、母が父に「本気で」離婚をつきつけられたという。「以前から気に喰わなかった」「大嫌いだった」「おまえと一緒にいるのも苦痛」「離婚届にサインしろ」と怒鳴りつけられたらしい。父は(私に似て)、カッとくると意味不明なことを怒鳴りつける癖があるので、私はこういうことを聞いても「ふーん」としか思っていなかったんだが、そういえば最近二人でいるときはいつも喧嘩しているような気がする。

それもこれも、私たちが二階と陣取っているために、父は母と同じ空間で毎日過ごさざるを得ず、その苦痛度たるや彼のなかで限界に達してしまった模様。私も母と一緒にいると、数分でエネルギー枯渇状態になり、アノ状態(→ウツ状態)に転げ落ちるため、用事だけ適当に話して姿を消すようにはしているのだが、父は家のなかでに逃げ場がない。これはさぞ苦痛だったであろう。父は休みの日には、早朝から夜までテニス場でテニスをして過ごしている。よっぽどテニスが好きなのだと思っていたら、母が旅行などでいないときは、朝からのんびりと家でくつろいでいる。テニスはやりたくてやっているわけではなく、逃げ場だったらしい。

私たちが出ていった後は、父は寝床もくつろぎの場所も全て二階に移動させ、母とは完全別世帯(家庭内別居)の暮らしを営む予定らしく、今や「孫が可愛い」「孫と一緒に暮らしたい」よりも、「母と別空間で暮らしたい」という気持ちのほうが完全に勝っているようで、申し訳ないのだけれど私はとてもホッとしている。

私たちがここに居続ければ、父は母と同空間で過ごす時間が永遠に続くわけであって、72歳で定年を迎えて「無職」になった後は、母がどれだけ父を邪険にするか…父もそれを思って恐怖だったのだろう。私たちや孫がドタバタと家にいれば、母と密な時間を過ごさなくて良いと父なりに私たちに救いを求めていたことは途中で察したが、それは父の「勘違い」だったことがいまさら分かった様子。

出ていくことが、私にとっても父にとっても、安らぎなのかもしれない。

母は全てが「自分が正しい」の人なので、父の悪口を言いたい放題言いまくっている様子だが、父までウツ病になってしまったら、私は父を引き取ってでも母から引き離すことを考えるだろうなあ。母がヨレヨレになったら、介護施設に突っ込んで放置プレー確実ですが(苦笑

ほんっと、親との関わりは、人生で神様がまず最初におあたえになる試練だよなあ。
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# by la-paz-paz-paz | 2012-05-13 15:43 | 日々の糧
来年引っ越す土地というのは、容赦ない車社会らしい。

月極め駐車場が月無料だったり3000円ぐらいが相場。我が家は現在12000円払っているが、都内になると30000円以上は普通なので、これは信じられないお値段。

この「車がないと生活できない環境」というのはまさにアメリカがそうで、私が住んでいたLos Angelesなども大都市であるにも関わらず、車がないと生活が全く機能しなかった。私は在米当時、車の免許も車を購入する資金もなく、仕方ないので公共交通機関にアクセス可能なダウンタウン付近に居を構えていた。

車社会では、公共交通機関にアクセス可能な場所というのは、イコール低所得層の生活圏となる。公共交通機関とは、自家用車を取得・管理する財政的能力のない人々が使うものであり、乗ってみれば分かるけど、そりゃぁ治安が悪かった。酒に酔った客やら、喧嘩し始める客やら、誰彼構わず捕まえてドラッグ関連の話やキリスト教の説教を始める客やら、いやとにかく泥臭い乗り物だった。

私は研究テーマ柄なのか、母親のオホホな世界に反抗していたせいなのか、そういう泥臭い連中が大好きで、変なおっちゃんに話しかけられても、小一時間話し相手になっていたものだ。おかげで変なおっちゃんに「おまえはオーラだけならアメリカの大統領になれるほどの風格があるぞ」と言われ、それだけが今でも自慢(笑。

裕福な白人たちは皆、車で移動が可能な郊外の町に住んでいるため、ちょっとダウンタウンから郊外に外れると人種も住民の雰囲気も激変である。このオホホな雰囲気が私は全く馴染めず、結局最後まで「危険地帯」で車なしの生活を貫いた。

今私が住んでいる場所というのが非常に中途半端なところで、駅前の高級マンションを買った人間を除いては、坂が多くて徒歩ではとても生活ができない。1歳と5歳の子どもを連れて、徒歩でどこかに行くということはあり得ない。

ところが、地域的に「車社会」を標榜しているわけではないので、あらゆる習い事・保育園・幼稚園が車の送迎を嫌う。実際、駅前などは常に大渋滞のため、車で送迎したり路上駐車したりすると、近隣からのクレームがすごいようだ。今学期に入って、既に車での送迎を牽制するメールが二通目。

徒歩で生活をするのが難しいのに、車の使用が鬱陶しがられるため、私はこの5年間、子どもの送迎に関して半端ないストレスがかかった。

なんでも徒歩圏で生活できる駅前のマンションの人々には「うちは車いらないから」「車ってランニングコストすごいよね」となんだかイラっとくる言い方を度々され、本当に車との付き合い方の難しい生活を強いられた。

どーせだったら、車も生活の一部として地域に容認してもらいたいなと。Tくばが車社会であることを悪く言う人もいるが、最初から車社会であることを前提で地域が動いているのであれば、それほど苦痛なことではないのではないのでは?

しかし皮肉なことに、駅前のマンションに住んでいると、子どもの小学校はどこも遠くなるよう。駅前に小学校は建てられないからからね。小学校まで30~40分が平均。しかも登校風景を見ていると、駅前の交通量がめちゃくちゃ多い道路を、児童が連綿と連なって通学している。
あれは怖い。

私自身がものすごい遠い小学校に通っていたので、子どもにあの思いをさせたくないというのもあり…。
(途中でトイレに行きたくなっても、家は遥か先。「う○こもらし」をやらかしたこと、数度あり涙)

そういう意味で、うちはやはり「何が何でも持ち家」という思考になれないんですね。。人生のステージによって
大切なものって本当に変わる。怖いほどに。

箱を買って、それに生活を合わせていくのではなく
生活の変化に伴って、箱を変えていく…

そんな生き方が自分たち家族には合っているような気がする。
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# by la-paz-paz-paz | 2012-04-27 15:07 | 日々の糧

新学期始まりました

新年度始まりました。皆様お元気ですか?

娘の幼稚園の年間予定表も、これで頂くのは最後。来年の3月18日の「卒園式」の文字を見ただけで、なんだか泣けてきてしまいます。年長さんは年がら年中、スペシャル行事が目白押しで、いよいよ幼稚園生活も最後に向かって走り出している感があります。まずは来週はサンリオピューロランドに遠足だそうで、今回はもう
親同伴はナシ。遠足同伴が精神的肉体的にかなり負担だったためかなりホッとしています。

息子はあと二ヶ月で二歳になりますが、よく泣くよく食べるよく甘える、いろんな意味で可愛さ加減が半端ない感じです。(手はかかるが)ひどかった後追いが劇的になくなり、これは車の図鑑とDVDさえあれば、何時間でも一人で過ごせるようになったため。聞いてはいましたが、男の子って車が本当に好きですね…。高い知育玩具なんか買ってやるよりも、100円ショップで買った車で一日中遊んでいます。とにかく安上がりです。可愛い服を着せてもすぐ汚すし、身長もバンバカ伸びていくので廃棄前提で数百円のTシャツを大量買いです。

一人目は女の子がいい、と巷でよく言われますが、なるほどさもありなん。とにかく頭は使わないが力は使うのが男の子育児。下手すると親も怪我を免れません。私は日々、生傷が絶えない恐ろしい生活をしています。さすがに布団中血だらけになったときは、へこみましたが…。(頭突きされて、唇をバックリ切ったのです>私が、です)

娘を育てているときは、「とにかくきめ細やかな保育を…」「優しい保育士さんに見守られて…」等を保育園・幼稚園選定のうえで重要視していましたが、息子の場合は同じ基準で園を選べないことが分かりました。

とにかく走り回りたい彼の本能を満たして欲しい(笑。きめ細やかさとか要らないから、でかい園庭で、裸足でかけ回らせて体力を余すところなく使い、夜はさっさと寝て頂きたい。

転居先は、どこも幼稚園の園庭が巨大で、700人の園児が猫の額のような園庭を交替で使っている娘の幼稚園と較べるとやはり田舎なのだなあと感動します。娘の幼稚園は本当にアーバンな作りになっていると思います。ただ、仕事している母には本当に最高の幼稚園でした。

娘は相変わらず真面目で、割とチマチマといろいろ頑張っていますが、なぜか他の国の地理や人種、言葉等に妙な興味を示すようになりました。世界地図を眺めながら、アフリカ行きたい、ブラジル行きたい言ってみたり、アメリカのホームドラマを好んで見るようになり、やはりアメリカに行ってみたいと言ってみたり。さらに、図書館では国についての図鑑を一番喜んで見ていたりします。

娘にとっても、新しい土地はとても刺激的な場所となるのではないでしょうか。色んな国の人がいるっていうしね。

何よりも、親から「子供には普通の生き方をさせろ」という意味不明な要求をされることがなくなるので、私自身が望むとおり、世界には沢山の国があり、人がいる…ということを娘にも息子にも教えるように育てていこうと思っています。私自身がそれを知ったことで、いろいろな苦しみから解放された点もあったので…。(日本のなかでは私は不適応者のレッテルを貼られ続けてきたので)

私の親が言うところの「普通の生き方」については、今住んでいる地域の人たちが認識を共有しているような
感があります。それに対して私はすごく違和感を感じます。

地域性っていうのはイコールそういうことで、「普通って何か」について、その地域の人たちが共有している感覚であるような気がします。

私は、「普通って、普通じゃないこと」という感覚を共有できる仲間が沢山いると、人生が萌えます(笑。そういう仲間と、出会えればいいな。新しい土地で。

とても難しいことですがね。
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# by la-paz-paz-paz | 2012-04-12 13:45 | 子育ち

日進月歩

先日、Yハ音楽教室のピアノ展示会で娘がピアノを演奏させて頂けることになり、家族で出向いた。娘のピアノの演奏がとても良かったのは言うまでもなく(笑)、さらに展示されている最近の電子ピアノには感動させられた。娘には私が4歳の頃から使用していたアップライトピアノを使わせているが、とにかくアップライトは重量が半端ない!(恐らく250キロ近いかと)引っ越して、マンションに設置する場合、専門の業者さんに移送、吊り上げをお願いしなければならず、さらにマンションでは必ず騒音の問題に発展するのでサイレント加工が望ましく、さらにうちのピアノは20余年調律をしていないので大規模な調律(恐らく弦の張替えが必要なレベル)も必要。…これにかかる費用を総合すると、そこまでしてこのアップライトピアノに拘る必要があるのかと分からなくなってきた。

私にとっての電子ピアノのイメージとは、「エレクトーンの延長」「鍵盤はただのボタン」「強弱が全くつけられない」「鍵盤が異様に軽い」という感じで、要はあんなもんはピアノではないと思っていた(苦笑。良くないね、こういう偏見は。親世代の偏見をそのまま引きずっている実感がある。時代は何もかも日新月歩。「本物志向」でバカ高いお金を出して、それに人生そのものを縛られる生き方は自分たち世代には合わない。

特にハイブリッドピアノってヤツがすごい。鍵盤のタッチはアコースティックピアノそのもの、音は電子(ただしグランドピアノの音を忠実に再現)。もうほとんど普通のピアノと変わらん!というか、20年調律していない我が家のピアノよりもずっといい音が出る。これでお値段40万ちょい。電子ピアノなので調律も不要。さらに、大きさもアップライトの2分の1ほど(100キロちょっと)。

私たちの子供時代というのは、親世代の「本物を大枚はたいて購入して世代を超えて使う」的な考え方に縛られていることが多かった。モノに合わせて生活スタイルを考え、モノを大切に使うことを前提に多少の不便は我慢することが奨励された。

「賃貸よりも持ち家」志向もまさしくこの考え方の延長。けれども、住宅ローンに30余年を拘束されるということがどういうことか、私たち世代はそろそろ気づき始めているのではないか。賃貸という選択肢は実は非常に合理的なのだ。家族の成長に従って、生活スタイルというのはどんどん変わっていく。それに伴い、住環境も気軽に変えていける生活のほうが、ずっと良い。箱やモノに合わせて生活を変えるのではなく、生活に合わせて箱もモノも変えるのだ。

昨日はtwitterでランドセルについて話題になったが(笑、私は親が「本物志向」だったため、本革の高級ランドセルを持たされた。「ビニール加工の安物を持っているそのあたりの小学生とは格が違う」とさんざ母に吹き込まれた。ところが本革のランドセルは、ビニール加工と違ってシワシワの革がむき出しになっており、1年足らずで見た目がボロボロになってしまう。ピカピカと光沢のあるビニール加工のランドセルを横目に、私は1年生で既に「ボロボロのランドセル」である。これが小学生たちの格好のからかいの対象となり、私は家に帰って毎日赤いサインペンで本革のシワシワを塗りつぶした。ところが、これが原因でランドセルはまだら模様になり、ますます激しくからかわれた。このランドセルを持つことがいかに苦痛だったか、今でも生々しく思い出せる。母に相談しても、「最高級品の本革なんだ。」というお返事しか返ってこず(笑

来年は娘もいよいよランドセルを持つが、「水色が良い」とか「ジュエルペットのが良い」とか言う。私は水色は洋服と合わせるのが難しいし、ジュエルペットのは高学年になってからどうなのかね、と思っていたのだが、夫は「別に6年間同じの使うって考えなきゃいいじゃん。イヤになったら買い換えれば?」とあっさり。そういわれて、「あ、そうか」という感じ(笑。そうそう、それでいいのだ。高いモノを後生大事に使おうなんて思わなくていいのだ。

私の家にあるアップライトピアノも、きっと当時の一般家庭が買うのは大変だったのだろう。世代を超えて使って欲しいと思うのはしごく当然。でも、それに縛られた家探しをするのは本末転倒であることに気づく。

技術は日進月歩。たかだか40万の電子ピアノが、「本物」のピアノよりもはるかに良い音を出してしまうのだ。こうなると、「本物」って一体何をもって「本物」というかだよねってハナシになってくる。

「本物」という概念自体がもはや良く分からない。そうであれば、そのときの生活スタイルに合わせて、柔軟にモノを選び買い替えていけば良いのではないか。40万の電子ピアノは、娘の子供にまでは引き継げないかもしれないが、娘が20歳ぐらいまで使うことができれば十分元は取るだろう。そういう気軽な生活スタイルで、いいんじゃないか。
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# by la-paz-paz-paz | 2012-03-14 12:42 | 日々の糧